白の一族(オフェリアの章)

 

「原因が分かった。ミズキのせいじゃった」

薬屋のドアを勢い良く開けたと思ったら、ここの店長でもあり竜の王でもあるセルヒの、開口一番がその一言では、いくら彼を敬愛しているセルフォスでも思わずカウンターで首をかしげてしまう。

「いらっしゃいませ。店長。その、何のことです?」

「前に言ったじゃろう? 普段高地にいる白竜が山から下りてきた、と」

「ああ。そういえば・・・」

白竜は、普段は雲より高い場所に頂を持つ山の頂近くに住んでいる為、人間に接触する機会がほとんどない。だから、この竜が何の準備もせずに山を下りてしまうと急な外界との接触によりひどい混乱状態に陥ってしまう。

その白竜が先日、山から下りてきた、という情報が店長でもあり、竜の王でもあるセルヒの元に入ってきたのだ。

全ての竜の監視者としては、それは聞き流せないものだった。

その後、セルヒが白竜の住む山付近へと赴いたのがちょうど一ヶ月前。

「山から下りてきたのは幸いにも一匹で、しかも人型をとっておった。ちゃんと準備をしてから下りてきたようじゃ」

「それは、良かったですね」

もし混乱状態であったなら、付近の人間への被害はかなりひどいものであろう。

「良くは無い。なぜならその白竜はとても怒っておるからじゃ」

「それは、また何故?」

「全てはミズキのせいじゃ。覚えておるか? セルフォス。ミズキは主に一番懐いておった。主もまた、一番面倒を見ておった」

「ええ。覚えてますよ。最近のことです」

「最近といっても、もう20年前の事じゃがな」

「最近じゃないですか」

「全然最近じゃないぞ?」

いつの間に来たのか、本日薬品室当番のヘリオライトがいつの間にか、カウンターの側に立っていた。

「じゃな」

相槌打つ店長を横目で見ながら、何の用です、とヘリオライトに少々むっとしたオーラを出しながら聞く。

「この薬草の数を確認したいんだが・・・」

「ああ、これはですね・・・」

票を確認しながら、ヘリオライトに教えていくセルフォス。

ヘリオライトはふんふん、と頷きつつぼそりと一言。

「うんうん。ところで「ミズキ」って誰?」

その台詞を聞いた途端、セルフォスが驚きに眼を見開きながらヘリオライトの顔をまじまじと見る。

「・・・一体いつからいたのです」

「ん〜。まあ、いいじゃないか!」

笑顔でセルフォスの肩を叩くヘリオライト。

その質問には店長が答えた。

「「ミズキ」とはな、昔、我の家の近くに捨てられておった人間の子じゃ。セルフォスが親代わりとなって6歳までいろいろ世話した者じゃ」

「へえ・・・。6歳からは?」

「人間は全寮制の学校があって、そこに入れんといかんのじゃろ? そこに18歳まで入れておった」

「その後は立派な竜オタクです」

セルフォスがきっぱりと言い放つのを聞いて、ヘリオライトが本当なの? とでも言うような眼で店長を見る。

「う〜む。こちらでの生活より人間とともに暮らす時期のが長かったのに、そうなんじゃよ。帰ってきたと思ったら、竜についてもっと調べたいとか言い出しおった。しかも、緑の一族について、と言っておったのでな」

「どうしたの?」

「生憎、緑の一族はこの大陸にはセルフォスしかいない。ので、本人の希望もあり、特別に竜達の住む大陸に運んでやったのじゃ。緑の一族が調べ終わったと思われる頃、我も向こうの偵察も兼ねて去年、「ミズキ」を迎えに行き、こちらの大陸につれて来たのじゃがな」

その言葉をセルフォスが引き継ぐ。

「帰国後は、今度はこちらで生活をしている竜に興味を抱いてしまって、今ではりく以上に全国を飛び回っていろいろな竜の観察を続けていますよ」

「りく以上と言う事は・・・」

そこまで言って、ヘリオライトは頭の中にりくの姿をよぎらせる。

「立派なオタクだな」

「でしょう?」

ヘリオライトが内容を大分理解したのを見計らって、店長が話を本題に戻す。

「での、その「ミズキ」が白竜の住まう山の頂に姿を現してしまったというのじゃ」

「ああ。あの子は何と言うことを・・・」

ショックを受けるセルフォスを見ながら、そこまでセルフォスが絶望する理由がいまいちよく分からないヘリオライトは首をかしげる。

「? 山に登るぐらいならいいんじゃないんか?」

そう疑問を投げかけるヘリオライトに店長が説明をする。

「白竜は自分達の領域を侵される事を決して許さないのじゃ。それが人間なら尚更。白の一族はプライドが高いからの。相手が謝るまで決して許さぬと言ってきたのじゃ。これでも彼らにとってはかなりの譲歩じゃぞ? でなければ頂に顔を出した時点で「ミズキ」の命はなかったはずじゃ」

「それで、当の本人、「ミズキ」はどこです?」

セルフォスがそう問うと、店長は少々落胆した表情を浮かべた。

「ここにも来ておらぬか」

「まさか、見つからないのですか?」

そう問うてみれば、店長は目を逸らす。

「相手なら、おるのじゃがな?」

「相手? まさか・・・」

「まさか、じゃ。入って来い」

店長がドアを開け、外に呼びかける。すると、外から凛とした女性の綺麗な声が、

「いくら、我らが王の命といえども、そのような粗末な小屋には入りたくありませぬ」

きっぱりとそう言い放つ声が聞こえた。

その台詞にヘリオライトとセルフォスは顔を見合わせる。

店長はさっきよりもやや強い、否定を一切許さぬ、そんな声音で、

「二度は言わぬぞ。白の」

と言った。

すると今度は長い沈黙の後、店長に連れ立って店内に細身の女性が入ってきた。

白い長い髪は一部髪の上部で結ってあり、そこの付け根には質素な、しかし上質の材質で出来ていると思わせる櫛がさしてあった。

布を幾重にも重ねたような衣装を身にまとい、背筋をぴん、と伸ばしている。その背の腰帯のところまで、切りそろえられた綺麗な白髪が流れていた。

女性の周りの空気だけが、清浄化されたような感じがして、ヘリオライトはその雰囲気にただただ見惚れた。

「ヘリオライトは運がいいのう。白の一族を人間が見るなど、まずないからの。紹介しよう。白竜のオフェリアじゃ」

「・・・・・・・・・」

紹介されたオフェリアは店長の影から、セルフォスとヘリオライトの二人を軽蔑するようにちらっと見て、またそっぽを向いてしまった。

店長はその態度に溜息をつく。

「すまんな。二人とも。白竜達はどうもプライドが高すぎる所がある。扱いにくくて敵わん」

その言葉にむっときたオフェリアが、店長を小突く。

「王。早く我らが聖域を侵した愚かな人間を出してくださいな。私はその為にわざわざこの下界に下りてきたのです。このような所、一刻でも早く去りたいのに」

「ああ。分かっておる。しかし、おかしいな。メルバの占いではここの辺りにいると出たのだが・・・」

するとセルフォスが、

「お言葉ですが、ミズキの性格から考えて、まず一箇所に長く留まるようなことはしない事を考えると、メルバ殿の占いは千里眼を用いている故、確実に当たりますが、その占い結果をこちらに来る数時間前に聞いたのであれば、ミズキは既にこの地点から移動している可能性が高いのではないかと思われます」

と言った。

その言葉に、オフェリアが反応した。

「あなた、どこの一族です?」

「緑、ですが・・・」

「・・・緑にしては、なかなか頭を使った考え方をしますのね」

「オフェリア」

言い過ぎだ、と店長が咎める。

「ですが王。真実ですわ。この・・・ええと、殿方ね。殿方は、緑の一族に比べて遥かに聡明ですわ。大体あの一族は、流されやすいというか、物事を真面目に考えないというか、とにかくそのような感じでしょう?」

「口を慎め。オフェリア。主に、我の前で他の一族を愚弄する権利なぞないはずじゃ」

さっきより怒りが含まれた店長の物言いに、オフェリアはまだ何か言い足りなさそうだったが、それでも口を噤まざるを得なかった。

「・・・すまなかったな。セルフォス」

「・・・・・・いえ。お気になさらず」

沈んだ雰囲気を出しながらもいつも通りの無表情を装っている同僚を視界に入れながら、ヘリオライトはオフェリアが、店長がそんなに怒るほどのことは言ってないのではないか、と思った。

思っていたが、セルフォスの顔色を見て何か事情があるのだな、と思ったのでヘリオライトはあえてその場で何か言う、ということはしなかった。

そこへ、また凛とした綺麗な声が聞こえた。

「王、我らの聖域を侵した人物がいないと分かった以上、ここに長居は無用です」

「ああ。そうじゃな・・・」

店長は、まだセルフォスの事を気にかけていて、ためらいがちな表情をセルフォスに向けている。

そんな様子に苛立ったオフェリアが、

「王。先に外で待っています。早くいらしてください」

そう言って、ドアを開けようとドアノブに手をかけたとき、オフェリアがドアを開けるより先にドアが開いた。

「!?」